不動慈救呪は、不動明王の御真言の一つです。不動明王の御真言には、短い一字呪、中くらいの不動慈救呪、長い火界呪があります。
その中で、不動慈救呪は中呪とも呼ばれ、不動明王の代表的な御真言として知られています。この記事では、不動慈救呪の意味を中心に、「慈救」という言葉、不動明王の慈悲について解説します。
なお、御真言は寺院、流派、次第、資料によって表記や読み方に違いがあります。ここでは、理解しやすいように代表的な形を中心に紹介します。
不動慈救呪(ふどうじくじゅ)とは
不動慈救呪(ふどうじくじゅ)は、不動明王の御真言の一つです。不動明王の御真言には、一字呪・不動慈救呪・火界呪があり、不動慈救呪は中呪にあたります。名前を省略して「慈救呪」とだけ呼ばれることもあります。
不動慈救呪の「慈」はいつくしみ、「救」はすくうことを表します。つまり慈救とは、慈悲によって救うという意味です。
不動明王は怖い顔をしています。でも、これは人々を怖がらせるための仏様ではありません。迷いや煩悩を断ち切って救うために、あの厳しい姿をしています。だから、不動慈救呪は「怖い不動明王の真言」ではありません。不動明王の厳しさの奥にある、慈悲と救いを表す御真言です。
なお、不動明王の御真言の種類については、別の記事で一字呪・不動慈救呪・火界呪に分けて解説しています。
不動明王の御真言の種類|一字呪・不動慈救呪・火界呪の違いを解説
不動慈救呪の読み方
不動慈救呪は、代表的には次のように唱えられます。
ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダ ソワタヤ ウン タラタ カン マン
実際に唱える時は、次のように区切ると唱えやすいでしょう。
ノウマクサンマンダー バーザラダー センダンマーカロシャーダー ソワタヤウンタラターカンマン
ただし、伸ばす場所や区切り方には違いがあります。
たとえば、「ノウマクサンマンダー」と唱える場合もあれば、「ノウマクサーマンダー」と唱える場合もあります。「バサラダン」を「バザラダン」と表記する場合もあります。
これは、サンスクリット語や梵字の音を日本語に写しているためです。カタカナだけで完全に一つの形に固定するのは難しい部分があります。また、唱え方やイントネーションは地域の方言の発音にも影響されていると思います。
不動慈救呪を漢字で表すと
不動慈救呪は、漢字で音を写して表記されることがあります。
資料によって違いはありますが、次のように表されることがあります。
曩莫 三曼多 縛日羅赧 戦拏 摩訶嚕灑拏 娑頗吒也 吽 怛羅吒 悍 漫
この漢字は、日本語として意味を読むためのものではありません。多くは、サンスクリット語の音を中国で漢字で音写したものです。そのため、漢字そのものの意味ではなく、単に発音を表したものになります。
御真言を理解する時は、漢字の意味ではなく、元々の音、つまりサンスクリット語の意味を見る必要があります。
不動慈救呪の全文の意味
不動慈救呪は、梵語ではおおよそ次のような言葉として伝えられています。カタカナの読み方は日本で唱えやすいように写されたもので、梵語の発音そのものとは完全には一致しません。
ノウマク サンマンダ バサラダン センダン マカロシャダ ソワタヤ ウン タラタ カン マン
梵語の形で見ると、次のように分けて考えることができます。
| 日本での読み方 | 梵語の綴り | 意味 |
|---|---|---|
| ノウマク | namaḥ | 帰命します。礼拝します。 |
| サンマンダ バサラダン | samanta-vajrāṇāṃ | あまねき金剛尊たちへ。すべての金剛の尊格へ。 |
| センダン マカロシャダ | caṇḍa-mahāroṣaṇa | 激しく、大いなる怒りをもつ尊格。不動明王を指す言葉。 |
| ソワタヤ | sphoṭaya | 打ち砕け。破れ。破壊せよ。 |
| ウン | hūṃ | 真言の力を込める聖音。忿怒尊の真言に多く見られる音。 |
| タラタ | traṭ | 断ち切る、打ち破る勢いを表す音。 |
| カン マン | hāṃ māṃ | 不動明王の種子「カン」「カンマン」に関わる音。 |
「センダン・マカロシャダ」は、直訳すれば「激しく、大いなる怒りをもつ者」という意味になります。この言葉だけを見ると恐ろしく感じますが、不動明王の怒りは、相手を傷つける怒りではありません。迷いを断ち切り、救いへ導くための怒りです。
「ソワタヤ」は、打ち砕く、破るという意味で受け止められます。何を打ち砕くのかといえば、人を苦しめる迷い、煩悩、障りです。不動慈救呪には、不動明王が厳しい姿で迷いを破るという意味が込められています。
最後の「カンマン」は、不動明王の種子としても知られます。御真言の最後に、不動明王を表す音が置かれていると考えると、真言全体が不動明王に向かって結ばれていることが分かります。
全体を大きく受け止めるなら、不動慈救呪は「すべての金剛尊に帰命し、大いなる怒りをもつ不動明王よ、迷いや障りを打ち砕いてください」という意味になります。ここでいう怒りは、人を傷つける怒りではありません。迷いや煩悩をそのままにしない、救いのための厳しい働きです。
そのため、不動慈救呪は単に「慈悲深く救ってください」というだけの御真言ではありません。大いなる怒りの姿で迷いを破り、衆生を救う不動明王の働きを表しています。
不動明王の怒りは何のための怒りか
不動明王は、怒った顔をしています。しかし、仏様の怒りは、私たちを傷つけるための怒りではありません。迷い、怠け、執着、怒り、欲望など、人を苦しめるものを断ち切るための厳しさです。
たとえば、危ない場所へ向かう子どもを、親が強い声で止めることがあります。その声は、子どもを嫌っているから出るものではありません。守るために出るものです。不動明王の怒りの姿も、それに近い受け止め方ができます。
厳しい姿をしているから怖い仏様なのではありません。救うために、あえて厳しい姿をとっている仏様です。
不動慈救呪は怖い真言なのか
不動慈救呪について調べる方の中には、「勝手に唱えてはいけないのでは」と不安になる方もいます。敬う気持ちで手を合わせて唱えることを、必要以上に怖がることはありません。
ただし、御真言は遊び半分で扱う言葉ではありません。面白半分に唱える、からかう、呪文のように扱う、という姿勢は避けてください。
不安がある場合は、無理に長く唱えようとしなくてもかまいません。まず合掌し、不動明王にお参りするところから始めれば十分です。
不動慈救呪の唱え方
迷いや悪の心を断ち切りたい時に不動明王の姿を思い浮かべて不動明王の御真言を唱えればよいという話を聞かれたかと思います。
密教では、身・口・意を整えることを大切にします。身は体、口は言葉、意は心のはたらきです。
教義としては、手に印を結び、口で真言を唱え、心で仏様の姿や意味を思い浮かべるという三密の考え方があります。不動明王の御真言も、声だけを出すのではなく、体では合掌し、口では御真言を唱え、心では不動明王の姿を思い浮かべて唱えるものとされています。
しかし、一般の方のお参りでは、印を結んだり難しい観想をしたりする必要はありません。まず合掌し、姿勢を正し、一呼吸おいてから唱えます。
声に出す場合は、早口で流さず、一音ずつ聞き取れる速さで唱えてください。周囲に人がいる時は、迷惑にならない声の大きさにするか、心の中で静かに唱えます。
唱える回数にも、三回、七回、二十一回、百八回など、いろいろな唱え方があります。一般の方がお参りする場合は、回数を増やすことだけが目的ではありません。三回か、多くて七回をお唱えするのが良いと思います。
一字呪・火界呪との違い
不動明王の御真言には、不動慈救呪のほかに、短い一字呪や、長い火界呪があります。
一字呪は短く唱えやすい御真言で、火界呪は大呪とも呼ばれる長い御真言です。不動慈救呪はその中間にあたる中呪として知られています。
三つの御真言の違いを詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
不動明王の御真言の種類|一字呪・不動慈救呪・火界呪の違いを解説
不動慈救呪を書く場合の注意点

不動慈救呪を梵字で書く場合、資料によって表記が違うことがあります。これは、書法や流派の違い、時代による字形の違い、梵字の異体字などが関係します。
梵字で書写する場合は、どの資料をもとにするのかを決めて、他の資料と違う事があることを承知した上で書くことをおすすめします。
寺院に伝わる経本や古い資料がある場合は、その寺院で大切にされてきた形を継承することもあります。
「咒」や「呪」は怖い言葉なのか
不動慈救呪の「呪」という字を見ると、誰かを呪う言葉のように感じる方もいるかもしれません。
しかし、仏教でいう咒や呪は、誰かを害する呪いという意味ではありません。
詳しくは、別の記事で解説します。
咒とは?仏教で使われる「呪」や「咒」の意味をわかりやすく解説
まとめ
不動慈救呪は、不動明王の御真言の一つで、中呪とも呼ばれます。略して慈救呪と呼ばれることもあり、不動明王の代表的な御真言として知られています。
「慈救」という言葉には、慈悲によって救うという意味があります。不動明王は怖い姿で表されますが、その怖さは人を脅すものではなく、迷いや煩悩を断ち切り、救いへ導くための厳しい姿です。
不動慈救呪を唱える時は、合掌し、姿勢を正し、一呼吸おいてから唱えてください。早口で流さず、一音ずつ聞き取れる速さで唱えることが大切です。
御真言は、長さで優劣を決めるものではありません。自宅で手を合わせる場合は、一字呪でも不動慈救呪でも、唱えやすい御真言を選んでかまいません。

