「仏説」 とは。 それ必要?
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般若心経の一番最初の行を見て気がつきました。 「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」と書いている本もあれば、「摩訶般若波羅蜜多心経」と書いている本もあります。 どっちが正しいのでしょうか?

「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」と「摩訶般若波羅蜜多心経」の違いは宗派の違い

仏説摩訶般若波羅蜜多心経と摩訶般若波羅蜜多心経の違い 真言宗は「仏説」を付けて般若心経を唱えますが、他の宗派、曹洞宗、臨済宗、黄檗宗、浄土宗、天台宗などでは「仏説」は付かないで「摩訶般若波羅蜜多心経」と唱えます。 あと神社で般若心経を唱える時も、「仏説」は付けないです。 「仏説」が付くか付かないかは宗派の違いです。 もしも、檀家寺から配布された仏壇のところで拝む用の経本があれば、ご覧ください。 宗派の違いで「仏説」の有無が違うと思います。 (ただし、市販の経本は仏説が付かない物が多いので、真言宗のお寺でもそれを買ってきて配っていたりすることがあるかもしれません。)

写経をする時に「仏説」は付ける?付けない?どちらが良いのか

厳密には自分の宗旨に沿ったほうが良いのでしょうが、実際に文具メーカーで市販している写経用紙の大部分は「摩訶般若波羅蜜多心経」です。 現実的には選択の余地は無いと思います。 それから、真言宗以外のお寺で販売していたり、無料ダウンロードできる写経用紙も「摩訶般若波羅蜜多心経」になっています。 一方、真言宗のお寺で販売していたり、無料ダウンロードできる写経用紙は「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」になっています。 もちろん、手本が薄く印刷されていない罫線だけのタイプの写経用紙では、「仏説」を付けるか付けないかは自分で自由にできます。 これはどちらが良い悪いではなく、最終的には写経をする人の判断になります。

なんで「仏説」を付けるのか?

仏陀像 仏説の意味は、文字通り、仏陀が説いたという意味です。 これは後の人が、般若心経は仏陀の教えだという意味で付けた言葉です。 この時の仏陀(覚者)を釈迦とするのか、ほかの仏・如来とするのかは、その人の立場によって諸説あるので深くは話しませんが・・・。 少なくとも釈迦は自分で「仏陀が説いた般若心経ですよ。タイトルは仏説摩訶般若波羅蜜多心経です。」とは言っていません。 釈迦が亡くなった後の数百年後に出来たお経ですから。 元のサンスクリット語でも「仏説」は付いていませんし、「摩訶」すらも付いていません。 「摩訶」とは、「大きい」とか「偉大な」とか「素晴らしい」とかいう意味で、我々が修飾語として付けただけです。 サンスクリット語では「般若波羅蜜多の神髄」のお経となっています。 「プラジュニャー(般若)パーラミター(波羅蜜多)フリダヤ(心臓・中心・神髄)」 正確には「般若波羅蜜多心経」が経題です。 つまり、「仏説」も「摩訶」も装飾の言葉です。 「仏が説いたすばらしい」「般若波羅蜜多心経」と言っている訳です。

般若心経の唱え方の違い

法要風景写真 ここまでは写経についてでしたが、般若心経を口で唱える時の読み方の違いもあります。 真言宗では般若心経の経題に「仏説」を付けて「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」と唱えます。 しかし、法要などで般若心経を何回も繰り返し唱える時は、1回目は「仏説」が付きますが、2回目は「摩訶」から唱えます。 具体的には、

ぶっせつ まーかー はんにゃはーらーみーたー しんぎょうー かんじーさいぼーさー・・・ ・・・・はらそう ぎゃーてー ぼーじーそわか はんにゃーしんぎょう まーかー はんにゃはーらーみーたー しんぎょうー かんじーさいぼーさー・・・

もう一つ真言宗の特徴で、一ヶ所読み方が変わります。 真言宗は、般若心経の最初の「観自在菩薩」を「かん・じー・ざい・ぼー・さー」と読みます。 他の宗派は「かん・じー・ざい・ぼー・さつ」と読みます。 違いは分かりましたか? 「薩」を真言宗は「さー」と読み、他の宗派は「さつ」と読みます。 お寺の般若心経を聞く機会がありましたら、この違いを聞き比べるのも面白いかもしれません。
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